Back   Home

CHT和平協定実施の現状と問題点


モンゴル・クマール・チャクマ

出典:「1983年11月10日を覚えて」M.N. Larma(PCJSS創設者)
17回忌記念号2000年11月発行、50-63ページ 抄訳

1997年12月2日にチッタゴン丘陵民族統一党(以下、PCJSS)とバングラデシュ政府の間で調印されたCHT和平協定は、20年以上にわたる内戦を終結させ、ジュマ難民の帰還を可能にした。その条項の一部は実施されたものの、最も重要な条項の実施は意図的に遅らされている。また、与野党の一部勢力やジュマ民族の和平協定反対派に妨害されて、極めて不穏な状況が生じている。

地域評議会の設立

和平協定C章1条では、各県評議会の監督や調整を図るために「地域評議会」を設立することが決められ、98年5月5日に関連法が可決された。地域評議会は3つの丘陵県の一般行政、法秩序の維持、開発、県評議会やCHT開発委員会の人事などについて監督・調整することになっているが、政府はその業務手続に関する規則もガイドラインを作成しておらず、県行政や警察、開発機関、各県評議会は地域評議会を無視して業務を行っている。

また、和平協定C章9条では丘陵地域議会が「d. NGOの活動との調整も含め、災害復興と救援活動について指示を出し、f.重工業への認可を出し」、10条で「CHT開発委員会の監督をする」ことになっているが実現していない。災害復興と救援活動は従来通りの機関や当局によって行われており、肥料工場を建設する計画なども地域評議会を素通りして政府から認可を受けている。

C章13条では丘陵地帯に影響を及ぼす法律の制定には、地域評議会との協議を義務づけているが、政府は何ら協議をせずに、一方的に森林法の改正、選挙人名簿の作成、CHTにおけるNGO活動ガイドラインの策定などを進めてきた。このように地域評議会は、自治機関としての権限をまったく行使できない状況に追いやられている。

各県評議会への権限委譲

協定B章33条では、3つの県評議会の権限を強化するため、治安維持とその監督、 (1)職業教育、(2)母語による初等教育、(3)中等教育に関する権限が付与され、同34条では以下の権限が追加されることになった:(ア)土地と土地管理、(イ)地方警察、(ウ)少数民族法と社会正義、(エ)青少年福祉、(オ)環境保護と開発、(カ)地域観光、(キ)改良基金と、地方都市議会とユニオン議会をのぞく政府機関の管理、(ク)地域工業、商業への認可の発行(ケ)カプタイ水域をのぞく河川、運河の適切な利用と灌漑、(コ)出生死亡統計の管理、(サ)商取引、(シ)焼畑農法。しかし、上記権限はまだ1つも委譲されていない。1989年丘陵県評議会法(旧法)で県評議会に委譲することになっていた22の責任事項も、未だ5つしか委譲されていない。

CHT省と諮問委員会の設立

D章19条では、少数民族を大臣とするCHT省、および、同省をサポートする14名からなる諮問委員会を設立することが決められている。CHT省の新設は行われたが、諮問委員会は一度も会合を行っておらず、機能していない。

和平協定履行委員会

A章3条では、協定の履行過程を監視するために、首相が任命する委員長、Task Force委員長、PCJSS代表からなる履行委員会が設置されることが定められている。履行委員会は、98年3〜11月に4回開催されたが、その後、PCJSSからの再三の要望にも関わらず会合は開かれず、和平協定を監視する機能が麻痺している。

和平協定に基づく法改正

和平協定で合意された自治権を法律で有効とするために、1998年5月3,4,5,6日に、それぞれ、ランガマティ、カグラチョリ、バンドルボン各県の丘陵県評議会(改正)法、チッタゴン丘陵地域評議会法がバングラデシュ議会で可決された。しかし、ランガマティ県評議会には和平協定と大きく矛盾する4つの条項が含まれた:

(1)和平協定B章3条では「CHTに土地を合法的に土地を所有し、かつ(and)、CHT内の特定の住所に一般に居住する非先住民族」を「非先住民族の永住者」と定義し、CHT永住者にのみ、丘陵三県の選挙人名簿に登載される権利を認めているが、法律では「かつ(and)」の代わりに「もしくは(or)」という文言が使われ、入植者たちも永住者として投票権が認められるようにした。

(2)和平協定B章19条では「県評議会は、政府からの交付金を使って、政府から権限を移譲された事項に関する開発事業を承認し、発案し、実施することができる。全国的な開発計画は...評議会をつうじて実施する」と定めているが、法律では、「政府から委譲された事業と機関に関する開発事業」、「全国的な、権限委譲された事項に関する開発計画は…」という文言に差し替えられ、県評議会の権限が大幅に狭められた。

(3)和平協定B章26条a項では、「現在公布されている法律にかかわりなく、県評議会の事前の承認なしには、賃貸可能な公有地を含む丘陵県のいかなる土地も、賃貸、売却、購入、譲渡できない。ただし、保留林、カプタイ水力発電事業地域、Betbunia衛星基地局地域、国有工場、政府名で登記された土地については、この制限の対象としない。」と定めている。しかし、法律では、「政府名で登録された土地」を「政府、もしくは地元当局の名で登録された土地」と変え、県評議会の土地管轄権の及ぶ範囲を狭めている

(4)和平協定B章12条では、各民族首長が統括する地域(Circle)と県の境界線は一致しないので、現行法にあった「Khagrachari Mong Chief」という表現を「Mong Circle Chief、Chakma Circle Chief」に書き換えるよう定めているが、法律では、この文言が訂正されなかった。

カグラチョリ県とバンドルボン県の各県評議会(改正)法にも、上記(3)と同様の矛盾点が含められた。上記矛盾点(1)は、再三の抗議の末、やがて修正されたが、残りの矛盾点は未だに改正されていない。

インドからの帰還難民

協定D章1条では、1997年3月9日に難民代表と政府の間で結ばれた20項目の協定に基づき難民送還が行われることが定められている。1997年3月より難民の帰還が始まり、98年2月までに合計64,609人(12,222世帯)が帰還した。帰還難民たちは金品などの支援を受けたが、その土地や宅地は約束通りには返還されていない:

宅地未返還     1339世帯

菜園用地未返還  774世帯

稲作用地未返還  942世帯

合計         3055世帯

 

元の場所に再建されていない学校           6校

ジュマ帰還難民の土地に作られた市場        5箇所

入植者に占拠されている仏教・ヒンドゥー教寺院  7ヶ所

入植者に占拠されている帰還難民の村       40ヶ村

債務帳消しを受けていない帰還難民         642人

国内避難民

和平協定D章1条に「3丘陵県内にいる国内非難民は、対策本部による難民身分認定を通じて生活の復興を図る」とあるが、支援策は何ら実施されていない。逆に、政府は、ベンガル人入植者たちも国内難民の数に入れて、CHTに定住させようとしている。PCJSSとジュマ難民福祉協会は、これに抗議して対策本部の会合をボイコットしてきたが、2000年5月に対策本部は、CHTに90,208世帯の先住民族、38,156世帯の非先住民族、合計128,364世帯の国内避難民を身分認定した。

PCJSSは、入植者を国内避難民としてCHTに定住させる計画を破棄し、ジュマ国内避難民の生活再建事業を早く実施し、その名簿を作成するよう政府に要求している。

土地委員会

和平協定D章4条では、土地に関するすべての紛争を解決するために、退官判事を長とする委員会(土地委員会)が設置され、土地の所有に関する最終決定を下す権限が与えられることになっている。ジュマ民族が奪われた土地を取り返すために決定的に重要な条項である。当初、委員長に任命された退官判事が就任前に亡くなり、2000年6月12日に退官判事ジョナーブ・アブドゥル・コリム氏が就任したが、土地委員会の事務所の設立も、スタッフの採用も行われておらず、何ら機能していない。土地委員会に入ることになっているモン民族首長、ボモン民族首長の選任問題が紛糾していることも進展を遅らせている。

土地問題

和平協定では、上述したように「現在公布されている法律に関わりなく」各県評議会が管轄地域内の土地の譲渡などに関する許認可権を持つと定めているが、地方行政は「1900年CHT法規」を根拠に、従来通り、県評議会に諮ることなく土地に関する許認可、土地の収用、貸与、譲渡などを行っている。バンドルボン県行政長官が家族や部下などに広大な土地を割り当てるなど、行政職員が権限を濫用するケースも起こっている。

また、和平協定D章2条では、政府が地域評議会の助言の元で土地調査を行い、先住民族の土地の所有権を確定するとしているが実施されていない。D章3条では「1世帯で2エーカー未満の土地しか持たない少数民族に…2エーカーの土地が賃貸されることを保障する…」、D章8条では、「ゴム栽培その他の目的で非少数民族や非居住者にわり当てられたものの、この10年間に適切に利用されなかった土地については、その割り当てが取り消される」、26条4項では「カプタイ湖周辺の土地は、元の所有者に優先的に賃貸される」とあるが、いずれも実施されていない。

選挙人名簿

2000年5〜6月に政府が国会総選挙などに向けて作成した選挙人名簿(案)には、和平協定に反して入植者など非永住者の名前も入れられた。PCJSS、地域評議会などが抗議したところ、選挙管理委員会は、県評議会と地域評議会の選挙に際しては、永住者だけによる別の選挙人名簿を作成すると答えた。しかし、PCJSSは、選挙人名簿を複数作ることは協定にも法律にも定めがなく、非永住者の名前を削除するべきだと主張している。結局、政府は2000年10月28日に、非永住者を含む名簿を正式な選挙人名簿として公布した。

入植者の撤退

和平交渉の際、政府はPCJSS側に、入植者をCHT外に再定住させることを口頭で約束した。このことは和平協定では直接言及されなかったが、少数民族地域としてのCHTの独自性を守ること、永住者のみ選挙人名簿に登載すること、土地委員会が土地争議を解決することなどが盛り込まれ、間接的にその実現が図られた。しかし、政府は和平協定の精神に反して、入植者を丘陵県の選挙人名簿に登載し、国内避難民としてCHTに定住させようとしており、入植者への配給も続け、集団村も解体していない。むしろ国内避難民としての定住を認められたい期待から入植が加速している。

一時的な軍キャンプの撤退

和平協定D章17条a項に「チッタゴン丘陵県にあるすべての仮設陣地の陸軍、アンサル、村落防衛隊は常設駐屯地に撤退し、この撤退期限が決められる。ただし、バングラデシュ国境警備軍、(3丘陵県庁所在地、Alikadam、Ruma、Dighinalaにある)常設駐屯地は除く。」とある。しかし、政府は実施を意図的に遅らせており、未だに撤退期限も決められていない。PCJSSが確認した限りでは、CHT全域にある500以上のキャンプの内、31しか撤退していない。一部のキャンプは、軍隊が撤退したあと、準軍事組織が配備されている。また、同17条b項では、撤退後の土地が元の所有者もしくは県評議会に返還されることになっているが、実施されていない。

さらに政府は、軍事施設のために、以下の通り、新たにCHTで土地を収用しようとしている:

ルマ陸軍駐屯地の新設 9,560エーカー

バンドルボン旅団駐屯地の拡張 183エーカー

射撃訓練所の新設 30,000エーカー

空軍訓練所の新設 26,000エーカー

ロンゴドゥー・ゾーン駐屯地の拡張 50エーカー

丘陵県警察

和平協定B章24条a項では、県評議会が丘陵県警察の警部補以下の職員を任命し、その際、先住民族を優先しなければならないと定めている。しかし、政府はこのための措置を何ら執っておらず、従来通り、警察幹部が警察官の採用などを決定している。警察官に採用されたPCJSSメンバーも、CHT外の平野部に配属され、丘陵地帯の警察は、ほとんどベンガル人である。ジュマ民族と入植者の衝突で警察が入植者の後ろ盾をし、煽るケースも後を絶たない。PCJSSは、中立的な治安維持のために、ベンガル・ジュマ両民族による警察組織を構成するよう政府に要求しているが実現していない。

開発問題

和平協定では、県評議会が責任を持つ分野の開発プロジェクトは、各県評議会を通して実施され、地域評議会がそれを監視・調整する事が定められているが、実際に政府の開発プロジェクトのほとんどは、地域評議会や各県評議会を通さず、従来通り、各省庁や政府機関、特に地域行政やCHT開発委員会によって実施されている。国連開発計画(UNDP)やアジア開発銀行など海外援助機関が地域評議会と提携して実施する予定だった幾つかのプロジェクトが政府の反対に合い、足止めされている。また、和平協定D章9条で「政府は、チッタゴン丘陵地帯の開発のため、優先的に追加資金を配分し…環境にも配慮する。」としているが、政府は、十分な予算を配分しておらず、特に、観光事業に関して地域議会や県評議会との有効な協議を行っていない。ジュマ民族は、開発計画でCHTの独自性と住民の意見が尊重され、参加が保障されることを求めている。

特赦

和平協定D章16条b項でPCJSSメンバーに対する全面特赦、獄中メンバーの釈放が約束されている。PCJSSは政府に、PCJSSメンバー2524人が起訴されている999件の訴訟のリストを届け、特赦を求めているが、484件は、まだ、取り消されていない。特に、ランガマティ県では、大半が取り消されておらず、意図的に曖昧な状態で放置されている。

            訴訟数  取り消された訴訟      取り消されていない訴訟

ランガマティ県          510              80                 430

カグラチョリ県          451              405                 46

バンドルボン県          38              30                  8

合計                      999              515               484

獄中にいたPCJSS活動員、19人が釈放されたが2名が釈放されていない。また、同c項には、「PCJSS活動員であるというだけで…逮捕されたりすることはない」とあるが、様々な口実で何人かのPCJSSメンバーが軍や警察に拘束されている。

PCJSSメンバーへの支援策

A.復職(D章16条e項):「公職にあったPCJSS活動員が元の地位で雇用され、その家族にも、能力にもとづいて職が与えられる。この場合、年齢にかんする政府の採用方針が緩和される。」とある。元公務員のPCJSSメンバー78名の名簿が政府に提出され、63名が元の職に就いたが、15名は復職が認められていない。復職できた人たちも年齢に応じた昇給や手当が受けられずにいる。定年を過ぎた元職員は年金を給付されていない。元PCJSSメンバー681名が警察官に採用され、CHT外の平野部に配属されているが、嫌がらせで辞めている者もいる。

B.債務帳消し(D章16条d項)「政府機関からPCJSS活動員に貸し出されたものの、内戦状態のために適切に運用されなかった資金については、利子全額と元金がすべて帳消しにされる」とある。PCJSSメンバー4名がこの条項による債務免除をCHT省に申請したが、行われていない。

C.低利子ローン(D章16条f項)に「家内工業、園芸その他の自営業をおこなうPCJSS活動員に、条件の緩やかな銀行貸付がおこなわれる。」とある。1999年6月〜7月にPCJSSは、メンバーによる1429件の自営事業のリストを政府に提出し、ローンを要請したが実現していない。

D.海外で取得した卒業証書の承認(D章16条g項):PCJSSメンバーの子どもが外国の教育機関から取得した学業証明書は有効であると定められているが、無効とされたケースが報告されている。

一般のジュマ民族への支援策

A.定員の確保と奨学金の給付(D章10条):公職と高等教育における少数民族むけ定員枠を確保し、奨学金を給付することになっているが、従来通りチッタゴン管区の軍最高司令官(GOC)が定員枠の扱いを決めており、問題が生じている。

B.文化の独自性の尊重(D章11条)「政府は…少数民族の文化活動が活発になるよう…支援を与える」とあるが、有効な措置は取られていない。

C.公職への優先的雇用(D章18条)「チッタゴン丘陵地帯の永住者、特に少数民族は、丘陵地域内の政府機関、半官半民機関、議会、特殊法人の職員に優先的に雇用される」とあるが、実施されていない。平野部で働くジュマの公務員がCHTに転勤するためには、GOCの許可証が必要とされていおり、ほとんど認められていない。

最後に

和平協定の実施が遅々として進まないなか、CHT情勢は悪化の一途をたどっている。地域経済が停滞し、失業や土地争議が深刻化し、治安が著しく悪化している。自治機構が空洞化するなか、行政による不正やジュマへの嫌がらせが蔓延し、人権侵害が続いている。新たな入植、軍事施設の建設で、ジュマ民族はさらに土地を奪われている。和平協定反対派グループに裏金が流れ、分割統治が行われている。建国当時、アワミ連盟政権が先住民族の権利を憲法に明記していれば、25年間にわたる内戦の悲劇をさけることが出来た。今日、アワミ連盟は、その同じ過ちを繰り返そうとしている。

ジュマ協力基金による追記

この評価が書かれた時点からすでに4年近くの歳月が過ぎたが、その時点から和平協定の履行は一歩も進んでいない。当時のアワミ連盟政府CHT担当省は「和平協定の約9割は実施済みである」と表明していた。2001年10月の総選挙でBNP率いる4党連立政権が誕生してから和平協定の実施はほぼ完全に停滞している。

Back   Home